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東京高等裁判所 昭和38年(ラ)2号 決定 1963年3月23日

抗告人 小山実(仮名)

主文

本件抗告の棄却する。

理由

抗告人は、「原審判を取消す。抗告人は相手方に対し、別居中の生活費を支払う義務なし。」との決定を求め、その抗告の理由として別紙記載のとおり主張した。

よつて按ずるに、東京家庭裁判所が同庁昭和三四年(家)第七八四七号生活費請求事件について、昭和三五年一月一六日抗告人は相手方小山喜代に対し、

(一)  昭和三三年三月一日から昭和三四年三月一六日まで、毎月金三千五百円の割合による金員、

(二)  昭和三四年三月一七日から同年一〇月一五日まで、毎月金五千円の割合による金員、

(三)  昭和三四年一〇月一六日以降毎月金四千円の割合による金員、

(四)  この審判の日以降相手方が健康保険法上の療養に相当する医療を受けた場合に要した医療費の半額に相当する金員

を、右(一)から(三)までの金員については毎月分を各その月の末日限り、右(四)の金員については請求あり次第遅滞なく支払うこと等を内容とする審判がなされ、これに対して当事者双方から即時抗告の申立をなしたが、東京高等裁判所は昭和三六年三月一四日双方の即時抗告を棄却したので、その頃右審判が確定したこと、右確定審判は抗告人が昭和三四年一〇月北海道に転勤した後の別居について、相手方がその実家(東京都世田谷区経堂町○○○番地荻原辰郎方)以外の場所における同居を拒絶する意思であること並びに抗告人も相手方との同居を拒絶する意思であることを認定し、当事者双方に相半ばする同居義務違反があるものと判断した上で北海道転勤以後は抗告人が相手方に対して毎月末日限り金四千円宛の割合による金員および相手方が健康保険法上療養に相当する医療を受けた場合に要した医療費の半額に相当する金員の支払を命じたものであることは記録上明白である。

而して本件記録に現われたところによれば、抗告人と相手方との従来の夫婦生活においては性格の相違、多少の性的不調和がある上相当感情の対立があることが窺われるのであつて、当事者双方の努力、工夫が辛棒強く続けられないかぎり、なかなか両者が相和して同居生活を送るようにはなりにくいものであると考えられる。然るに原審における当事者双方の陳述によると、抗告人は「北海道から相手方に対し、過去を反省して北海道で同居しようという趣旨の手紙を出したが、相手方は前記審判で定められた金員の滞納分を強制執行するといつて来るだけで、抗告人の提案には何らの返事をしない。このような非協力的な相手方では正常な夫婦生活は考えられない。調停が不成立になつたら離婚婚訴訟をするつもりであつて、現在は相手方と同居する意思はない」旨を述べ、又相手方は「自分はもともと実家かその周辺でなければ抗告人と同居しないという意思ではない。相手方に誠意があり、裁判所できめられた金員の支払を滞るようなことがなく、幸福が得られる所なら同居する。ただ同居しようという趣旨の手紙があつてもそれだけでは相手方の誠意が認められないから同居は考えられない。」と述べて抗告人の態度を非難しているところからも判るように、当事者双方は互に相手方の改悛、譲歩を求めるのみであつて、自らを反省し相手方に協力して健全な家庭生活を築こうとする努力の跡が感じられないのである。かかる夫婦間の状態は前記昭和三四年(家)第七八四七号事件の審判における抗告人の北海道転勤後の状態と殆ど変化がないものと考えられる。而して前記確定審判は当事者双方が法律上の夫婦であり乍ら、同居生活を行わずに別居している右の状態を基礎として前記のように金員の支払を命じたものであつて、抗告人主張のように右審判を違法と解すべきでない以上、たといその後別居生活が約四年の永きに亘り、当事者間には全く夫婦の実がない状態が続いているからといつて、これをもつて直ちに抗告人主張のように前記審判後において事情が変更したものとは認め難く、他に前記審判を変更するに足りる特段の事情が発生したものと認むべき資料がない。

然らば抗告人の本件審判申立は理由がなく、従つて右申立を却下した原審判は相当で、本件抗告は理由がない。

よつて主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 谷本仙一郎 裁判官 野本泰 裁判官 海老塚和衛)

抗告理由<省略>

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